ボストン茶会事件
6月24日(木)晴
今日は定休日のため、久々に珈琲雑学をご案内したいと思います。今やコーヒーの大消費国のアメリカもその昔は、紅茶の方が普及していたようです。その紅茶の消費国からコーヒーの一大消費国になったきっかけになったボストン茶会事件(ボストンティパーティ)について今日はお話したいと思います。
北アメリカには、17世紀後半に一気に紅茶やココアそしてコーヒーが伝わりましたが、 イギリスの紅茶の飲用習慣をそのまま引き継いでいたため、紅茶の方が普及していました。しかし、イギリスがコーヒー貿易の競争でオランダやフランスに水をあけられ、 紅茶貿易に切り換えたことにより生活習慣も変わりました。 イギリスは「茶条令」の発布によって輸入紅茶を独占した上で、価格をつりあげ、重い税金をかけたそうです。これに激怒したアメリカの人々は、ボストンに停泊していたイギリスの東インド会社の船を襲い、 積み込んであった紅茶をすべて海に投げ捨ててしまいました。 これが1773年に起こった「ボストン茶会事件」です。
この事件を機にアメリカはイギリスからの独立の気運を募らせたとともに、 紅茶よりもコーヒーを好むようになっていったそうです。
独立戦争のきっかけが紅茶。そして独立の気運を高めていったときに飲まれたのが珈琲。私達もそうですが、「独立」の飲み物が珈琲というのが何とも偶然です。それでは、また。